審判日會來到嗎?
中文 English Español Português Français 日本語 Deutsch Italiano 審判日會來到嗎? 作者:VENICIO T. BASCO (譯者:CHUN-WEI P. KAO) 「審判日」,是任何想要得到神應許救恩的人所期盼的日子,在那日將得救的人是非常有福的。 但是有人會問:「審判日真的會來到嗎?如果有人會在那一天得救,對於無法得救的人,他們會發生什麼事?」 聖經裡的審判日 聖經關於審判日的說明可以追溯到列祖的時代——早在主耶穌基督之前。根據〈猶大書〉1章14至15節,亞當的七世孫以諾,預言了「主」將要來臨「審判眾人」(和合本2010)。那位將要來的主,就是我們的主耶穌基督。這是主親自說的: 「你們心裏不要憂愁;你們信神,也當信我。在我父的家裏有許多住處;若是沒有,我就早已告訴你們了。我去原是為你們預備地方去。我若去為你們預備了地方,就必再來接你們到我那裏去,我在哪裏,叫你們也在哪裏。」(約翰福音14:1–3 和合本2010) 因為人人在神面前犯下的罪,全世界和世上的人,在上主的日子或審判日會被火燒滅 (西番雅書 1:14–18)。 儘管有人對審判日的來到,抱持著懷疑的態度,但是聖經已經證明人人都會面臨死亡,所以審判日也必定發生,因為定下死亡和審判的是同一位真神(希伯來書 9:27)。在另一方面,有好多人也相信審判日一定會到來,甚至有些人擅自預言世界末日的日期,但是根據聖經,有人能預言,或是知道世界末日的日子和時辰嗎?在〈馬太福音〉24章36節,我們的主耶穌基督已回答: 「但那日子,那時辰,沒有人知道,連天上的天使也不知道,子也不知道,惟有父知道。」(馬太福音 24:36 和合本2010) 沒有人知道審判日的精確日子和時辰,連天上的天使,以及在那日到來的主耶穌基督都不知道,唯一知道的只有主上帝。人人都應該為這天的到來做好預備(馬太福音24:44)。 審判日臨近的徵兆 不只在我們的時代,甚至在主耶穌基督的時代,就已經有人詢問審判日的事情: 「耶穌在橄欖山上坐著,門徒悄悄地來對他說:『請您告訴我們,這事甚麼時候會發生呢?您再來和世界的末日會有甚麼預兆?』 『同樣,當你們看見這一切事發生時,就知道人子快來了,就在門口。』 『你們聽見戰爭爆發、戰訊頻傳時,不要驚慌,因為這些事必然發生,只是末日還沒有到。民族將與民族互鬥,國家將與國家相爭,各處將有饑荒和地震。這些只是災難的開始。』」 (馬太福音 24:3簡明聖經, 33, 6–8 當代譯本聖經) 雖然我們不知道日子和時辰,但是當主耶穌基督的第二次來臨近時,他給予了將要發生的徵兆和我們將要看見的事情:戰爭爆發和戰訊頻傳,民族與國家互鬥相爭,饑荒,地震和災難。這裡所預言的戰爭,分別實現於1914年7月27日爆發的第一次世界大戰和1939年9月1日爆發的第二次世界大戰;饑荒和地震從以前就一直發生到現在,越來越嚴重和頻繁。因此,審判日的確近了。 審判日的救贖 聖經已經確定了審判日將得救的人。他們是誰呢?使徒保羅這樣解釋: 「惟有基督在我們還作罪人的時候為我們死,上帝的愛就在此向我們顯明了。現在我們既靠著他的血稱義,就更要藉著他得救,免受上帝的憤怒。」(羅馬書 5:8–9 和合本2010) 靠著基督的血,罪得赦免的人要免受上帝的憤怒。使徒保羅也證實了被主耶穌基督的寶血買回或贖回的人,就是「基督的教會」的成員: 「你們就當為自己謹慎,也為全群謹慎,聖靈任命你們作全群的監督,牧養基督的教會,就是他用自己的血所買來的。」(使徒行傳20:28 Lamsa Translation) 在審判日得救的人擁有另一個特徵:他們的名字被登記在天上的生命冊(但以理書 12:1)。其他人或許會認為,加入教會與救贖毫無關係。使徒們這樣說道: 「你們卻是來到錫安山和永活的 神的城,就是天上的耶路撒冷;在那裡有千萬的天使聚集,有名字登記在天上眾長子的教會,有審判眾人的 神,有被成全的義人的靈魂」(希伯來書 […]
Wird der Tag des Gerichts kommen?
Deutsch English Español Português Français 日本語 Italiano 中文 Wird der Tag des Gerichts kommen? Von VENICIO T. BASCO Übersetzt von Kevin Luth M. Heitmann DER TAG DES GERICHTS ist etwas, auf den sich Menschen freuen, die die versprochene Erlösung des Herrn Gottes empfangen wollen. Gesegnet sind diejenigen, die an diesem Tag gerettet werden. Aber es […]
さばきの日は来るのか
日本語 English Español Português Français Deutsch Italiano 中文 さばきの日は来るのか ベニシオ・バスコより さばきの日は、主なる神が約束された救いを求める人たちが待ち望んでいるものである。その日に救われる人たちはさいわいな人たちである。 しかし、このように尋ねる人がいる:さばきの日は来るのか。もしさばきの日に救われる人がいるのなら、その恵みを受けられない人たちはどうなるのか。 聖書に記されているさばきの日 さばきの日についての宣言は、先祖たちの時代にまで遡る—私たちの主イエス・キリストよりも前の時代だ。ユダ1:14–15によると、アダムから七代目にあたるエノクの預言によると、「主」が「すべての者にさばきを行う」ために来られる(口語訳)。その来られる方とは、他の誰でもなく主イエス・キリストのことである。主はこのように述べられた: 「あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。」(ヨハネ14:1–3口語訳) 人は神の御前に罪を犯したので、この世のすべてのものが人も含め火で滅ぼされる日である、主の日またはさばきの日が定められた(ゼパ1:14–18)。 たとえさばきの日について懐疑的に思っている人たちがいたとしても、死を定めたお方はさばきの日を定めた神であるので、人が必ず死を経験するように、さばきの日も必ず来ることを聖書は証明している(ヘブ9:27)。その一方で、その日が来ることを信じている人たちもたくさんいる。そしてその中には、それについての予言をした人たちさえいる。しかし、この世の終わりの正確な日について予言できる人はいるのだろうか。私たちの主がこれについて、マタイ24:36で答えておられる: 「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも、また子も知らない、ただ父だけが知っておられる。」 さばきの日がいつなのかは天使たちも、キリストご自身さえも知っておられない。主なる神だけが知っておられるのである。このため、人はその日に備えておかなくてはならない(マタ24:44)。 さばきの日が近いときのしるし 私たちの時代だけでなく、キリストの時代の人々もさばきの日についてたずねていた: 「またオリブ山ですわっておられると、弟子たちが、ひそかにみもとにきて言った、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」。」 「そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい。」 「また、戦争と戦争のうわさとを聞くであろう。注意していなさい、あわててはいけない。それは起らねばならないが、まだ終りではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに、ききんが起り、また地震があるであろう。しかし、すべてこれらは産みの苦しみの初めである。」(マタ24:3, 33, 6–8) その正確な日時はわかりませんが、主はご自分の再来の日が近いときに起こるしるしをお与えになった。戦争と戦争のうわさを聞くことになり、民は民に、国は国に敵対して立ち上がり、飢饉や疫病、地震や苦しみが起こるのである。この節にある戦争とは、1914年7月27日と1939年9月1日に勃発した第一次・第二次世界大戦である。昔から起こっていた飢饉や疫病、地震は、今の時代ではより多発し、厳しくなっている。つまり、さばきの日はとても近いのである。 さばきの日の救い 聖書はさばきの日に救われる人たちについて確かにしている(ヘブ9:27–28)。それは誰であるのか、使徒パウロがこのように説明している: 「しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。」(ロマ5:8–9) キリストの地によって罪が赦された人たちは、神の怒りからの救いが確かにされている。使徒パウロはまた、キリストの地で贖い取られた人たちはキリストの教会のメンバーであると証明している: 「あなたがた自身と群れ全体とに気を配ってください。聖霊はキリストがご自分の血で買い取られた、キリストの教会を牧させるために、あなたがたをこの群れの監督者に任命なさったのです。」(使20:28ラムサ訳) 救われる人たちの他の特徴は、彼らの名前が天にある命の書に記されていることだ(ダニ12:1)。他の人たちは、教会の一員として登録されていることと救いは関係ないと言っているかもしれない。使徒たちはこのように述べている: 「また、天に登録されている長子たちの教会、万民の審判者である神、全うされた義人たちの霊、」(ヘブ12:23 新改訳) 使徒たちは、教会のメンバーの名前は天に記されていると述べている。救いに到達するためには、どの教会でもいいわけではなく、真の教会の一員として登録される必要がある。天にたどり着くのは、キリストの教会だ: 「しかし、あなたがたは(象徴的な意味において)真理に、シオンの山、新しいエルサレム—生ける神の天の都—に到達し、あなたがたはその都の一部である。あなたがたは神の御前で祝う無数の天使たちに、天にある聖所—真のキリストの教会—に近づき、その身元は天にたくわえられている。あなたがたは神—すべての人たちの義の源と基準、キリストのように完全とされた義の人たちのところに近づいている。」(ヘブ12:22–23 The Remedy) つまり、もうつても近づいているさばきの日に救われるのは、キリストの教会のメンバーなのである。人はそのさいわいな日に、この教会のメンバーであることを確かにするべきなのだ。 MORE FEATURES
세상의 빛처럼 빛나기
이글레시아 니 크리스토(그리스도의 교회)에 들어온 것은 가장 중요하다. 주 예수 그리스도가 선포한 대로 “…나를 통해 양떼 속으로 들어오는 사람은 누구나 안전할 것이다” (요한복음10:9 Revised English Bible) …
Le Jour du Jugement viendra-t-il ?
Français English Español Português 日本語 Deutsch Italiano 中文 Le Jour du Jugement viendra-t-il? Par VENICIO T. BASCO LE JOUR DU JUGEMENT est quelque chose que les gens qui veulent recevoir le salut promis par le Seigneur Dieu attendent avec impatience. Bénis sont ceux qui seront sauvés ce jour-là. Mais il y a ceux qui demandent […]
Virá o Dia do Julgamento?
Português English Español Français 日本語 Deutsch Italiano 中文 Virá o Dia do Julgamento? Por VENICIO T. BASCO (Traduzido para o português por FERDINAND LACSINA) O DIA DO JULGAMENTO é algo que as pessoas que desejam receber a salvação prometida pelo Senhor Deus esperam ansiosamente. Felizes são aqueles que serão salvos naquele dia. Mas há quem […]
¿Llegará el Día del Juicio?
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世の光として輝く
イグレシア・ニ・キリスト(キリストの教会)に入ることはとても重要なことである。主イエス・キリストは言われた。「…誰でもわたしを通って群れの中に入る者は救われます」(ヨハネ10:9 Revised English Bible) …
선행이 충분하지 않을 때
지옥에서의 영원한 고통에 대한 두려움과 천국의 영원한 행복에 대한 희망은 사람들로 하여금 덕의 특성을 얻고 좋은 작업들을 하기 위해 큰 노력을 기울이게 했다. 그러나, 많은 사람들은 교회 교인이 되는 것을…
照耀世界的明光
加入基督的教會(Iglesia Ni Cristo)非常重要。因為主耶穌基督說:「……任何藉著我進到這群的人,必然得救」(約10:9 Revised English Bible)。這裡提到的「群」,就是「基督的教會」…